教えることは1つでも大丈夫👌!インストラクショナルデザインを使った研修設計
どーも、ちょびえです。近況としてはいろいろ有りましたが、余暇でギターを習いに行って元気にセッションなど楽しんでいます。さて、ここ数年私は新卒エンジニア向けの研修でテクニカルライティング担当しています。今日は研修のお話でも書いておこうと思います。
はじめに
近年では研修スタイルのひとつとして社内のSME(Subject Matter Expert:特定領域の専門家)が研修を行うスタイルをよくみかけます。研修設計は普段の業務と違って教育を扱います。いつもの仕事の考え方とはすこし視点を変える必要が出てくるのです。そこで、今日はID(Instructional Design:インストラクショナルデザイン)を用いた研修設計について説明していきます。
この記事では 1つだけ大事なことを研修で教えれば効果的な研修ができるとしています。たくさん教えたほうがいいんじゃないの?と一見すると矛盾しているように思える主張です。この内容について実際の研修を題材に解説をしていこうと思います。
専門的かつ複合的な話になってしまうので全体の文章量は長めです。自分に必要な部分をピックアップして読んでいただけると活用しやすいと思います。
対象の読者
- 研修を担当するSME、もしくは講師
- 企業での研修企画担当者
この記事では主にSMEや講師を対象としています。中小企業ではSMEが講師を兼任するケースが多くあり、この記事では両方の役割を「講師」としてまとめて表記します。
研修事例として、私が実際に行なっている新卒エンジニア向けのテクニカルライティング研修を中心として構成しています。本研修におけるテクニカルライティングの定義は「テクニカル・コミュニケーション領域の広義のテクニカルライティング」としています。
インストラクショナルデザインとは?
私の理解でいえば、IDとは、科学的根拠に基づいた教育方法の研究成果をまとめたリファレンス集です。教育の専門家による継続的な研究により、具体的な効果が証明された内容が含まれています。
IDはあくまで教育設計に関する研究成果の集大成です。企業研修での具体的な適用方法を示す体系的なガイドではありません。IDの研究成果を実際の研修に活かせるかどうかは講師の判断や工夫に委ねられています。実際にIDをうまく研修などの教育活動に適用するにはノウハウが必要です。
私たち講師としては研修を効果的にするためにIDをうまく活用できれば十分です。小さくて使いやすい研究成果を研修に取り入れることがポイントです。
Agenda
研修の企画段階から実施する前までに使えるポイントを紹介していきます。網羅的な説明ではありませんが、役立つはずです。
- 研修の目的を確認する(方向性の確認)
- より具体的な目的を設定する
- 教えることを1つだけ選ぶ
- 研修前後における知識、技能、態度の差を設計する
- 教える内容を要素分解する
- 同じ内容を別の方法から教え直す
- 研修の構成および時間配分
- 参加者と気軽に話せる関係性を作る
- おわりに
研修の目的を確認する(方向性の確認)
効果的な研修を実現するには設計段階で目的を明確にする必要があります。逆に、目的が不明瞭なまま設計された研修は十分な効果を得られません。研修を設計する前に関係者全員で「なぜこの研修を行うのか」という目的をしっかりと共有してください。
とはいえ、何もない状態から具体的な目的を明らかにするのは難しい作業です。もし、具体的な目的がすぐに浮かばないのであれば、研修の大まかな方向性から確認すればよいのです。そんなときは次の質問から答えを選んでみてください。
研修に参加する人に習得してほしいものごとは次のうちどれですか?
- 技能の習得
- 知識の習得
- 文化の習得
- 業務の遂行や改善に必要な行動の習得
何を選んでもよいのですが、基本的に研修では「業務の遂行や改善に必要な行動の習得」を選択します。コストをかけて行う施策なので特にこの点についての大きな異論はないと思います。
補足
知識、技能、文化の習得はそれはそれで大切です。しかし、普段の業務で使わないことを教えても使う機会が訪れません。
新卒の場合、本人の意向として他に優先したいこともたくさんあります。業務で使う機会が少ないものを教える場合は、なぜ習得してもらうのかを関係者間で考えていきましょう。
このまま話を進める前に、すこし視点を変えて講師と参加者について考えてみます。
講師が研修を計画して実施するまでには、膨大な時間と労力が必要です。例えば、グリーのエンジニア研修では90分の研修が採用されています。90分の研修内容を作成するには、講師が数十時間以上の時間を費やすケースも珍しくありません。効果のある研修内容を作るには、多数の専門書籍を読み込み、正確な根拠を導出する必要があります。この作業は結果的に通常の業務の合間に行う事になり、時間的な負担が大きくなります。
研修の参加者にとっても研修と業務のバランスは大きな課題となります。当然ですが、研修に参加すると参加者の時間が拘束されてしまいます。特に新卒研修の場合、配属前後の状況もありますし、業務との連携がうまく出来ない場合もあります。研修中にふだんの業務が気になってしまうと参加者は研修に集中できないケースも発生します。研修を実施する際には業務と研修のバランスを考慮する必要があるのです。
参加者の状況に関して、もう一歩踏み込んで考えてみます。
研修の効果を最大限に引き出すには、参加者が研修内容に対して強い内的な動機を持てることが重要です。参加者がその専門領域で困っており、学びたいという内的な動機がなければ研修も効果を発揮することが出来ません。
効果的な研修を実施するには講師だけでなく参加者も準備が整っている必要があります。これは講師の立場では解決できない問題です。会社の都合だけで研修を強行しないよう、参加者の動機や準備状況を慎重に検討してください。効果の高い研修を実現するには企画段階から様々な方面と連携して十分な準備を進める必要があります。
研修を設計する前に、これから行う研修が次の条件を満たせるかを確認してください。
- 研修の目的を明らかにできる
- 研修に集中できる環境を用意できる
- 参加者が困っている内容に対して効果がある研修を提供できる
より具体的な目的を設定する
前のセクションで研修の方向性を決めました。次は成果を明確に表せる具体的な目的を設定します。
研修を効果的にするには具体的な目的を明らかにすることが重要です。目的が明確になると研修の結果が評価しやすくなり、参加者が達成すべき指標をより明確に認識できます。と、いうことで目的を設定したいのですが、曖昧なところから目的をひねり出すのは困難です。IDにはこうした場合に使えるツールがあります。目的を言語化する際に私がよく活用しているのはメーガーの3つの質問を応用した以下の問いです。
- あなたの組織で抱えている問題の中で研修で解決できる問題はなんですか?
- その問題は研修を行うことでどれくらい改善できますか?
- どうやって問題が改善されたかを判断するのですか?
補足
メーガーの3つの質問はこのような質問です:
- Where am I going?
- 目的地はどこですか?
- How do I know when I get there?
- たどりついたかどうかをどうやって知るのか?
- How do I get there?
- どうやってそこへ行くのか?
私は自分の状況に合わせて変えて使うことが多いです。シンプルが故に強力なので本当に必要なときに使ってください。
鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門〜若い先生へのメッセージ〜』財団法人 日本放送教育協会 第8章 授業デザイナーとしての教師の力量より抜粋
テクニカルライティング研修の設計では次のように回答しています。ブログ向けに抽象的に書いていますが、実際は「どんな」まで具体的にしてください。
- あなたの組織で抱えている問題の中で研修で解決できる問題はなんですか?
- テキストコミュニケーションに関連した問題があり、それが業務に悪影響を与えている。
- その問題は研修を行うことでどれくらい改善できますか?
- ライティングスキルを適切に学べば、これらの問題は大幅に改善できる可能性が高い。問題によって異なるので定量的には評価しにくいが一定の改善が期待できる。
- どうやって問題が改善されたかを判断するのですか?
- テキストコミュニケーションを継続的に観察し、問題の発生頻度を判断材料とする。
問いに答えることで研修の目的を的確に表しやすくなります。研修設計をする際には必ずしも成果が定量的に測定できるわけではありません。とはいえ、問題点や研修の目的について考え、その結果をどう評価するかを事前に明確にすれば、研修の効果を判断する何かしらの指針が得られます。ここでは実際の研修の目的は例示しませんが、問いの答えから目的となる文章を作るのは難しくないと思います。
メーガーの3つの質問に答えてから、研修の目的を表す一文を書いてみましょう。
ちょっと一息ということで、実際のテクニカルライティング研修の冒頭をすこし紹介します。
テクニカルライティングは認知に関連した領域の課題です。自分だけで潜在的な問題に気づくのは不可能に近く、他者からの助言がないと習得が難しい領域のスキルです。だからこそ対面の研修形式が効果的になります。研修では次のような内容を導入として提示しています:
——認知メカニズムは次の図が示すように機能しています。外部からの指摘がなければ自分自身のクセに気づくのは難しいのです。
既存のテクニカルライティングの指導は主にライター向けの指導として作成されています。テクニカルライティングの指導は日本語スタイルガイド(第3版)に基づいた指導が多く、業界標準に従った文章作成の基盤を提供する一方で、ライティング能力が育っていない人にそのまま適用すると問題が発生する場合があります。
と、冒頭で問題を提起してなぜテクニカルライティングの知識や技能を学ぶのかという説明をしています。実例は省きますが、このあとに目的の提示を行っています。
教えることを1つだけ選ぶ
おそらく経験豊富な専門家が研修設計でよく陥る問題だと思うのですが…
研修設計の経験が少ない人が研修内容を考える場合には、教えたい内容が多すぎて研修資料が膨大になっていくのをよくみかけます。数百ページにわたる超大作の研修資料を作りがちです。しかし、研修という形態で膨大な知識を一度に伝えようとしても、参加者には過剰で受け取りきれないという問題があります。情報が多すぎると参加者は何が重要かを見失ってしまい、結果的に学習効果が薄れてしまうのです。教えたい内容がたくさんあるのは理解できますが、特定の知識ドメインに関する情報を羅列するだけでは参加者にとって有益な学びにはなりません。
情報は厳選しなければいけないのです。教えることは一つだけという制約を守りましょう。
厳選した内容を選ぶには、目的を達成できるひとくちサイズの行動のアイデアを多く列挙する必要があります。その中で、問題に対して効果が高いものを1つだけ選定してください。
過程は割愛しますが、私のテクニカルライティング研修では要約を教えることに決めました。
内容的に今回話したいものとは方向が違うので割愛させていただきます。
研修前後における知識、技能、態度の差を設計する
教える内容が仮に決まったら次は差分設計です。
研修後の理想的な状態を具体的に設計し、目的が達成できるかを検証することが必要です。効果が薄い研修ではこの研修後の状態設計が曖昧です。講師が多くのことを教えたつもりでも、参加者が「これを自信を持って学びました!」と明確に示せない場合がよくあります。これは研修の結果として重要なポイントが不明瞭になり、何を習得すべきかがわからなくなっている状態です。このケースに対しては研修を受ける前後での知識、技能、態度の差分を明確に定義すると結果的に改善できます。
補足
IDの文脈で使われる態度とは意訳すると「ものごとに取り組む姿勢、もしくは状況に合わせた社会的知識」という意味です。別の補足で再度説明しますが少し難しい概念です
実際のテクニカルライティング研修では次のような差分設計をしました。
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この記述はブログ向けに簡易的にしています。具体的な行動レベルまで書けるとよいです。
研修前後での差分を明確に定義すれば、何を達成すればよいか、求められている指針がある程度明確になります。もし、この差分が多すぎたり、隔たりがあまりにも剥離しているように感じる場合は、選んだ題材が研修にあっていない可能性があります。また、参加者のスキルセットはばらつきがあります。人によっては前提条件を満たしていない場合もあるので補助できるか確認してください。
教える内容を要素分解する
より効果的に教えるには、行動や知識をステップごとに要素分解するのが有効です。私たちが日常的に行っている行動を細かく分解してみると、実は複合的な知識や技能から成り立っていることが分かります。教える内容を要素に分けて整理すれば、複雑な内容でも再現しやすくなります。指導の際にステップごとに分解すれば、参加者がどの部分でつまずいているのかが明確になります。効果的なサポートができる状態になるのです。この手続きは「スモールステップの原理」として知られています。
テクニカルライティング研修で説明に使ったスライドです。要素分解をして説明しています。
要約のような複合的な行動には得意な人とそうでない人の間で大きな差があり、スモールステップの原理は問題解決の指針として活用できます。この使い方は子どもがつまずかない教師の教え方10の「原理・原則」に書かれている有用なテクニックです。
要約の手順を分解するとおおむね次のような手続きとなります:
手順 |
---|
見た、聞いた、感じた、主観的/客観的事実をすべて列挙する |
列挙した情報を意味的に近いグループにまとめる |
グループの情報の中で重要度の順序をつける |
グループを表す説明をひとことで書く |
ひとことの意味がおおきくずれていないかを確認する |
グループの重要度の順序をつける |
文字数制約に合わせて重要な情報グループをピックアップする 文字数制約の中で言い換える。 (要約時にお話の順番を変えてはいけない(省略は可)という制約をつけています) |
要約の意味がおおきくずれていないかを確認する |
このステップは私が要約をする際に行っている手順を分解したもので学術的な根拠はありません。しかし、対話力がグングン高まる!コミュニケーション・トレーニング にも大まかに似た要約の手順が記載されているので一定の学習効果があると考えます。(要約に関しては同書籍内で2ページほどでまとまっています)
次に、各ステップにおいてどの知識や技能が必要とされているかを「ガニェの学習成果の五分類〜学習成立条件の差による分類法〜」を使って明らかにします。各ステップの分類が分かればあとの対処は比較的に簡単です。具体的にどの問題かを判断して補助を行えばよいのです。
学習成果の分類 | 手順 |
---|---|
言語情報、運動技能 | 見た、聞いた、感じた、主観的/客観的事実をすべて列挙する |
知的技能 | 列挙した情報を意味的に近いグループにまとめる |
知的技能 | グループの情報の中で重要度の順序をつける |
言語情報、知的技能 | グループを表す説明をひとことで書く |
知的技能 | ひとことの意味がおおきくずれていないかを確認する |
知的技能 | グループの重要度の順序をつける |
言語情報、知的技能 | 文字数制約に合わせて重要な情報グループをピックアップする 文字数制約の中で言い換える。 (要約時にお話の順番を変えてはいけない(省略は可)という制約をつけています) |
知的技能 | 要約の意味がおおきくずれていないかを確認する |
補足
ガニェの学習成果の五分類で書かれている分類は次の通りです
- 言語情報
- 指定されたものを覚える宣言的知識、再生的学習
- 知的技能
- 規則を未知の事例に適用する力、手続き的知識
- 認知的方略
- 自分の学習過程を効果的にする力、学習技能
- 運動技能
- 筋肉を使って身体を動かす/コントロールする力
- 態度
- ある物事や状況を選ぼう/避けようとする気持ち
認知的方略はどう学ぶべきか自分で選択するというメタ的な学習技能。
態度はものごとに取り組む姿勢もしくは状況に合わせた社会的知識です。私の理解で言い換えると、物事に対する自身の肯定/否定の価値観から発する感情、行動でもあると思います。
鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門〜若い先生へのメッセージ〜』財団法人 日本放送教育協会 第3章 授業のねらいを分類する枠組みより抜粋
改めて整理すると、要約という技術は次のような要素で成り立っています。
- 該当知識ドメインからの情報の列挙・選択(状況に応じた言い換えでもあります)
- 類似する意味間でのグループ化
- 重要度のわりあて
- 制約下における取捨選択
- 検証
要約の指導では中間成果物の作成も指導します。参加者が作成した中間生成物、最終成果物の変化を確認することでライティングに関連するどんな問題なのかを判断して指導にあたります。要約の結果だけを添削する場合、何が原因で問題となっているか判断するには手がかりが足りません。
研修で指導する内容として1つのことを教えるのは合理的です。仮に要約という複合技能を分解して、1ステップごとに5分かけて教えるとすると8ステップで40分消費します。教える内容を1つだけに厳選するというのは時間的な制約をみても、受け取る側の認知負荷状況を見ても妥当な判断と言えます。
同じ内容を別の方法から教え直す
学習内容の保持を高めるには異なるアプローチから同じ内容を教え直すのも有効です。例えば、多くの場合に要約された文章は部分的に5W1Hを満たします。この特性を活かし、要約の練習で使用した題材から5W1Hで文章を作成する練習を行います。同じ内容を異なる角度から教え直すことで記憶への定着をより強くできます。
補足
5W1Hについておさらいです
5W1Hを使うとシチュエーションを限定できます。
- When いつ:
- Where どこで:
- Who だれが:
- What なにを:
- Why なぜ:
- How どうした:
あくまで5W1Hはメモ書きとしてつかうものです。メモをもとに自分の書きやすい文章を書けばよいです。順番を変えたり、各種要素の表現を変えればいくらでも文章のバリエーションが作れます。好きなように組み替えて文を作ってみてください。文の良し悪しはおいといて、自分で思いつく限りパターンを試すのが重要です。
長い時間の体験を要約する場合は、すべての要素を書き出して分類していかないと正確な要約はできません。しかし、普段の業務で要約が必要な状況では直感と5W1Hだけでも解決できることが多くあります。
別の方法から同じ内容を教える、すなわち、違う出発地点から対象の出来事を思い出す方法は演奏家がよく使うテクニックです。単一の方法で覚えているとうっかり演奏中にロストする(構成やフレーズを忘れて演奏を止めてしまう)時があります。人間なので仕方のないことです。別のタイミングや方法から同じ内容を再現する練習を常日頃からしておけば、ロストしたとしても第三者からわからない状態まで緩和できます。
研修の構成及び時間配分
効果的な研修を行うには、講師と参加者が主体的に使う時間のバランスを調整する必要があります。研修の間、参加者が適度に体を動かしたり、主体的に活動できる時間を15分から30分の周期で取り入れると集中力を維持することができます。講師が話す時間と参加者が主体的に活動する時間をバランスよく配分すれば効果的な研修が実現できます。
  | 項目 | 時間 |
---|---|---|
導入 | アイスブレイク・自己紹介 | 5分 |
ゴールの提示 | 2分 | |
既存知識から詳細 | 8分 | |
展開 | (実技)要約ステップ | 40分 |
要約まとめ | 10分 | |
5W1H概要(要約の別方面からの解釈) | 5分 | |
(実技)5W1H | 10分 | |
まとめ | まとめ | 5分 |
質疑応答 | 5分 |
医療者のための教える技術: オンラインと対面のハイブリッド教育研修で同様に研修時間配分のサンプルが提示されています。
90分の研修は案外短いものです。仮に講師と参加者がそれぞれ50%ずつ時間を使う場合は講師が使える時間は45分だけです。限られた時間の中で教えるには内容を厳選しなければなりません。講師は研修の進行も行うので、そう考えると実際は45分より教育自体に使える時間は短くなります。教える内容を1つに絞る理由もここにあります。たくさんの内容を教えようとすると時間が足りず、参加者も内容を覚えきれません。
基本的には研修では講師が参加者の困りごとを解決する具体的な説明や補助を行います。参加者が主体的に活動する時間が多くなるのが普通です。
また、講師は研修時間内に参加者が対象のものごとを習得できているかを確認をする必要があります。参加者だけではうまく習得できているか判断できません。
補足
ID的な観点でみると、この構成はおおむねガニェの9教授事象に沿っています。
- Gain Attention: 学習者の注意を引く
- Inform Learners Objectives: 学習目標を提示する
- Stimulate recall of prior learning: 学習の前提条件を思い出させる
- Present the Content: 新しい情報を提示する
- Provide Learning Guidance: 学習指導を提示する
- Elicit Performance (practice): パフォーマンスを引き出す
- Provide Feedback: フィードバックを行う
- Assess Performance: パフォーマンスを評価する
- Enhance retention and transfer: 保持と転移(別場面での応用)を高める
保持と転移を高めるという部分は初学者向けには難易度が高すぎます。初学者向けには保持を優先したほうが効果的です。
今回の記事ではスライドについては説明していません。もしスライドの具体的な構成で悩むようであればCygames Research研究日誌 #17を読んでください。
参加者と気軽に話せる関係性を作る
最後に参加者と講師の関係性についての説明をします。
効果的な研修を実現するには参加者と講師の間でよい関係性を築くことが不可欠です。研修の成果として達成すべき状態は、参加者が自らの力で問題に取り組み、業務に必要な行動を遂行できる状態です。研修では参加者の行動やその結果に対して講師が指導や助言を行う場面が多く発生します。参加者は指摘を受ける際に抵抗感を覚える場合もあります。関係性がほとんどない状態で指導するのは現実的に困難を極めます。効果的な研修の実現には参加者と講師との間で信頼関係が欠かせません。
藤田和日郎、飯田一史両氏の著書 読者ハ読ムナ(笑)では 「関係性をつくらないと、言われた言葉は入ってこないんだわ」 という節があります。この本では漫画家志望の方がアシスタントを経験しながら漫画家になるまで過ごしていく様子が教える側目線で描かれています。
研修を開始する前に参加者と講師の間でよい関係性を構築してください。相手との関係性をつくるには共通項や時間が必要です。効果的な学習を行えるようにできる限り良い関係性を構築、維持できる仕組みを入れてください。
おわりに
1つだけ大事なことを研修で教えれば効果的な研修ができる!ということを説明してきました。
1つのことに集中するという考え方は研修に限らずあらゆる場面で成果を上げる基本となります。教えようとするものにはたくさんの大事なものごとがあるのは紛れもない真実です。しかし、相手に適切に伝達するにはあえて限定しないと伝わりません。すべてを伝えないからこそ効果を発揮するのです。
研修で1つ重要なことを習得できれば、あとは自分自身の課題として行動できます。
つまり、必要があれば自らの意思で対処できます。
今回の記事では、「研修で1つだけ大事なことを教える」アプローチが研修を効果的にする有効な方法であることを説明してきました。この手法により参加者は習得するべき最も重要なポイントに集中できます。その結果として学習効果が向上し、業務改善や遂行が効果的に行えるようになります。
研修設計を行う際には関係者間で目的を共有し、最も問題解決に直結できる内容を1つ選び、丁寧に教えていけるように準備を進めれば効果の高い研修が作れるのです。